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2021.04.30 Fri

これでも親

親としてものっすごい壁にぶち当たっている。

私はお世辞にも「いいおかあさん」とは言えない。
仕事が増えると結構いっぱいいっぱいだし、一緒に公園へ行くこともほぼないし、就寝時間も完全に違う。
道を歩いたり買い物にでかけたりすると見かけるような、同じ目線に立って一緒に遊ぶ笑顔のお母さんが眩しくて仕方ない。
私もああなりたかった。

なにが原因でこうなったのか、正直わからない。
私自身の家庭環境は悪いとは言えないし、まぁ父も母も結構趣味に全力で自分の好きなものをハッキリと持っていて、子供である姉と私を含めて各々が好きなことをやっていることが多かったけれど、家族仲が悪い訳ではない。
そりゃ思春期あたりはそれなりに険悪になったり、お互いブチブチイライラしたりはあったけれど。

私は自分より小さい子が苦手で、例えば友達の弟・妹や自分より小さいイトコなどと遊ぶ事はできなかった。
どうやって同じ目線に立っていいのかがわからなかったし、同じ目線に立った自分を少し気恥ずかしいとさえ思っていた。
そのため、姉に子供が生まれるまでは子供自体が苦手で苦手で仕方なかった。
(しかし不思議と、その辺で遊んでいる子供達や泣いている赤ちゃんに対してイライラしたことはない)
甥っ子が生まれてから、いわゆる身内の子や友達の子を可愛いと思えるようになった。
そして時が経って自分に子供が生まれると、その辺で遊んでいる子供達を見て可愛いと思えるようにもなった。

でも、子供と同じ目線に立つ事は相変わらず苦手なままだった。
どうしたらいいのかわからないまま子育てがスタートしてしまい、そのあたりが身に付くことなく9年経ってしまった。
他のお母さんみたいに素敵な笑顔で一緒に遊んで、台所に立って、というそんな日常のことが出来ない。
しかし子供の事が嫌いだとか、そういう訳じゃない。
娘の好きなしまじろうのコンサートがあれば毎年チケットを予約して一緒に見に行ったし、TDRにも何度も行ったし、仮面ライダーのショーへも行ったし、謎解きイベントへも行った。
「体験する」ということには特に惜しみなく力を注いだ。
このままではいけないとどこかでずっと感じながら、しかし全てのお母さんが同じではないのだから、自分にできることを自分なりにやればいいんだと思いながら、この9年間を過ごしていた。

そして今、明確なサインのもと、ものっすごい壁にぶち当たった。

元来私は考えすぎる、真面目すぎるタイプらしく、自分でもそれは感じ取りつつ夫や身内にもそれをよく指摘されていた。
「もっとラクに」「もっと適当に」と100万回言われてきたが、その度に真面目と適当のギャップに苦しむだけだった。
しかし数日前、いろいろと考えている時に気が付いた。
「ギャップに苦しむから辛いのだ、真面目上等、真面目なりの良策を考えてこの状況を打開してやる。結果が同じならそこに到達する方法なんてなんでもいい、自分なりに出来る方法でいいはずだろ」と。
よくある、「私は私のままでいい」とか「みんな違ってみんないい」の考え方だ。
自分は自分のやり方を肯定してやろう。
真面目なら、自分らしい真面目な方法で(ただし苦しくない方法で少しずつ)やればいい。

という訳で今これを書いている。
気を抜くとブレてしまってまた良くない状況に片足を突っ込みそうになるが、辛くない程度にグッと自分を引き戻している。
こういうことはココに書くべきではないかもしれない。
けれど正直な気持ちという事で残しておく。

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