ちしまのにわ

かんそうノートかんそうノート

2022.12.20 Tue

MEN 同じ顔の男たち

「MEN 同じ顔の男たち」を見てきました。
夫の死にトラウマを抱えた女性がその傷を癒すため郊外の古いお屋敷に2週間滞在することになり、緑豊かで静かな場所に到着したのもつかの間、謎の男に追いかけられたり志村後ろ後ろ!な体験をするホラームービーです。

夫の死というものが、仲の良い夫が病死するなどの悲しい死別かと思いきや全く違いました。
A24の映画なのでそりゃあ一筋縄ではいかない事はわかっていましたが、まさか自死だとは思いませんでした。
夫婦で口論の末離婚話になり、「離婚をするなら俺は死ぬ。罪の意識を持って俺の死を背負って、一生生きてもらう」などと仰天発言をしたことからこの映画の不穏さは、すでに始まっていたように思います。

主人公のハーパーが滞在するお屋敷は古く立派で、1度は泊まってみたいと憧れるような美しさ。
そのお屋敷の管理人がいくらかクセのある人物で、庭にあった林檎を食べたハーパーに冗談ですよと言いながらも「いけませんよ、りんごは禁断の果実です」と話しハーパーを戸惑わせたり、独特な空気感のある男でした。

その後、バーの店主や教会の司祭、子供、警察官など、同じ顔の男が現れ、ストーリーは徐々に不穏なところへ転がり落ちていきます。


【【ここからは完全なネタバレを含む感想になりますので、ご注意ください!】】


さて、非常に楽しみにしていたこの映画ですが、メインビジュアルや予告編などで目にしていた”林檎が木からボトボト落ちる様子”から、この映画はキリスト教など宗教的解釈がメインの作品なのかなと予想していました。
・冒頭に出てくる林檎の木。
・その林檎を手にしてかじる、主人公のハーパー。(林檎をかじった時に「あぁ、ここが物語の起点になるのだな」と直感しました)
・追いかけてきた裸の男性が、林檎の木のそばでたたずんでいる。
など、アダムとイブ、そして禁断の果実を思わせるビジュアルが早い段階で観客に示されていました。
とは言え、キリスト教的な表現はそこまで多くなかったのかなと思います。
印象的なイメージシーンのようなカットはふんだんに盛り込まれていましたが、宗教的要素と言うよりも女性が男性から向けられた理不尽な視線、偏見に満ちた思考、そういったものが徹底的にメタ表現として描かれていたように感じました。
言わずもがな音楽と画づくりが不穏さを増幅させています。
ハーパーが車に乗って逃げようとした時に車が奪われ、走り去っていく車をぼう然と見つめていましたが、手前の明るさと画面奥に向かって続く漆黒が普段私が見ている悪夢の空気感そのものでした。
これ以上この夢を見ていたら悪いことしか起きない、絶対にこの先に進んではいけない、そう思って自分で無理矢理起きる時の夢とそっくりでした。
また、音楽に乗った女性の歌声の最後がハーパーの叫び声とぴたりと重なる演出が。
そうすることで絶叫する姿がより鮮烈なものに映り、この表現にはうめえなぁと感心せざるをえませんでした。

傷を癒すためにやってきたハーパーが司祭に出会いことの経緯を話しますが、司祭はなんだか優しいことを言っているようで、実際のところは「あなたがご主人に謝るチャンスをあげていたら、彼は死ななかったのでは?」といったように無神経な言葉を投げつけます。
悩む人や苦しむ人に対し、こうした物言いをする人をSNSを通し私たちは日常的に目にしているものです。
傷ついた者への容赦なく無慈悲で無神経な二次加害ですね。

お面をかぶった子供と出会ったときには一緒に遊ぼうと誘われますが、それを断った瞬間から「クソ女め」とその子供はハーパーを口汚く罵り始めます。
こういうこともよく聞きますよね。
例えば、街中でナンパを断ったとき、去り際に負け惜しみのように「お前なんか相手にするわけねーだろ、ブス」などと罵ってくる、なんて話は誰しも1度は聞いたことがあると思います。

同じ顔をした男達は、無意識の中で日々行われている男尊女卑的な思考パターンのいくつかをそれぞれ具現化したような存在なのだろうと私の中では結論づけました。
それは、無意識に女性を下に見ていたり、欲望を抑えられず暴走したり、自分の思う通りに行かなければ相手を罵り強行的な手段に出たり、全てではなくても、女性なら生きていく中でおそらく1度は投げつけられたことのあるものです。

最終的にマトリョーシカのように、同じ顔の男たちが連続して生まれていくさま(叫び声をあげながらお腹を膨らませひたすら単体生殖していく)が非常に気持ち悪く、また何度も続くので、観客はそのグロテスクさに顔をしかめながら、一方で「これいつまで続くんだろう?」という冷静さを持ちはじめます
ハーパーも最初は、恐怖におののいて逃げ惑いますが、だんだんと呆れ顔になっていく。
このハーパーの心情と表情の変化が不思議と観客とリンクしていくような絶妙な間合と時間で表現されていました。(気持ち悪さが勝ってリンクなんてするか!という方ももちろん沢山いらっしゃることと思います。)

何度も連続して同じ顔の男が生まれ続けますが、最後に姿を現したのは亡くなった夫でした。
ハーパーの恐怖心はとうに引っ込んでおり、夫の隣に腰掛けて何が望みなのかを尋ねます。
そこで夫が答えたのは「愛が欲しい」と言う言葉でした。
このセリフについては、自己中心的で甘ったれでなんて滑稽なのだろうと鑑賞後しばらくしてから気づきました。
これだけ自分の気持ちを脅迫めいた形で相手に押し付けておきながら、この状況でまだ愛が欲しいだのと言える幼稚さ、稚拙さ、身勝手さ、すべてが呆れ返るものでした。
そりゃハーパーも恐怖を感じなくなるわ。

ラストで駆けつけた友達の姿を見たとき、その友達が妊娠していたこと、そのビジュアルによって最後まで嫌な感じを残すあたり、徹底して精神的なグロテスクさが残りました。(超褒めてる)
気持ち悪い映画だったなぁ!よくわからない映画だったなぁ!で終わる方もいれば、記憶の中にあるいろいろな出来事を思い出してひたすら心がざわつく方もいる。
そんな風に解釈と後味の違いが人によってだいぶ変わる作品でしょう。

鑑賞後にいろいろなメタ要素を反芻していくと、これまでの人生で受けたいや〜記憶があれこれとよみがえってきました。
作品とは何ら関係ない余談になりますが、この作品を語る上で私の中では切り離せない出来事を以下に書いておこうと思います。
最初に申し上げておくと、これをもって相手を社会的に糾弾したり、謝罪要求をするものではありません。
かといって、時間が過ぎたから許しましたと言うものでもありません。許すわけないじゃん。
事実として、ただフラットに書いておきます。

もう5年以上前の話になりますが、仕事関係の挨拶回りに出かけた際、こちら側の人間として同行していた目上の人がいました。まだ知り合って間もない人でした。
ある業務の担当者が退職し私が後任になるため、今後のお付き合いを考えての挨拶回りの機会でした。
その際、その人が私に向かって「あなたは顔がいいからニコニコしていればいいよ」と特に何の悪気もなくさらりと話したのです。
それを聞いたときには、怒りなどは湧きませんでしたがやはり少しの違和感がありました。(一瞬目は点になってた)
こんな昭和の置き土産みたいなことを言う人がまだいるのだなぁと思ったのを覚えています。
その後しばらく経って会社の飲み会に誘われ出向いた際には、

・矢継ぎ早に質問をされ、答えると揚げ足を取り落とされる(全話題適用)
・「今から言うことを聞いて調子に乗ってちゃだめだからね?だめだよ?あなた顔はきれいだよね」
・「今は旦那さんと仲が良くても、将来何があるかわからないよ誰かに誘われた時、NOって言える?言えないんじゃない?」
・「(人として)俺のこと好き?答えるまでお会計しないよ(答えるまで帰れないよ)」


などと今考えると、とんでもないハラスメントのオンパレードを4時間受け続けた結果キャパシティーオーバーして勝手に涙がボロボロと出始め、相手は「えっ!泣かないでよ」とオロオロし始め、仕事関係の場で泣くなど絶対にしたくはないのに涙が止まるはずもなく、かなり悔しい思いをしました。
その”悔しい思い”の中には、創作物で見てきたどこかにあったセリフ「なにかあると女は泣くから嫌なんだ」のように思われたくはないという、言ってみれば私の中にある偏見によって生まれた感覚もあったように思います。
クソ真面目なようですが、その感覚に気付いたこともなんだか悔しくて仕方がなかったです。
帰りの電車の1時間ほど涙が止まらず、帰宅後もしばらく泣き続けていた、そんなことがありました。

周囲の人は決まってこう言います。
「あの人悪気はないんだよ。悪い人じゃないんだけどね」
実際に言われました。
それでも私にとっては絶対的に許せないし、合わない人です。
何を言われても、私にとっては”悪い人”へ急降下乱高下したあとなので。後悔先に立たずだよ。

このときのことが問題視され周囲の人にこっぴどく叱られたそうですが、本人からの直接の謝罪などは一切ありませんでした。
むしろ、その後は会社に出向いても避けられているような雰囲気で、接触する機会はありませんでした。(しかしこれは私の主観なので、実際にその方が私を避けていたのかは分かりません。)
この出来事に支配されているというわけではありませんが、この記憶は黒いシミになって一生私の記憶に張り付いていくことでしょう。
そして相手は「そんな風に言うほどのことだったかなぁ〜」くらいにしか思っていないのでしょう。

というか少し話がそれますが、容姿を褒められることで調子に乗らないでねと言われても、私は夫と付き合い始めてから現在まで幾度と無く夫から容姿を褒められ倒してきたので、まだ出会って間もない人に褒められたところで調子には乗りませ………………推しに褒められたら乗る。(手のひら返し)

まぁ、そんな最悪の出来事をまざまざと思い出させてくれた、最悪な映画でした。(褒めてます)
しかしこれはおそらく世の女性たちが受けてきた無意識の理不尽、そして暴力、それらをよく表現していた作品だったと思います。 なので、男女問わずですが実際にこれまでハラスメント被害にあった方々や、突然見知らぬ人にナンパされ気持ち悪いと思ったことのある方などなど、そういった嫌な思いをしたことのある方はメタ表現の意味に気付いてしまうとかなりしんどい思いをすると思います。

この作品を駄作だとは思いませんし、怒りもしませんし、見ないほうがいいとも思いません。
生々しい作品ではありますが、まだまだ存在する男女問わずのハラスメント、そういうものを突きつけられる社会的な作品でもあったと思います。

二度と見ませんけど!!!笑笑

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